機能は戻っているのに痛みが残る。その背景を、当院院長が共同著者として参加した研究から解説します
書誌情報の出典:PubMed(米国国立医学図書館)PMID: 37086907。本研究は他の医療機関で実施されたものであり、銀座YRクリニックの治療成績ではありません。
術前の抑うつスコアが高かった患者さんでも、人工足関節置換術後の客観的な機能評価に明らかな差は見られませんでした。
一方で、術後1年の時点における患者さん自身が回答する痛みの項目では、抑うつスコアが高かったグループの結果が良好ではありませんでした。医療者が見る機能と、本人が感じる痛みが、必ずしも一致しなかったということです。
※ 本研究は20名を対象とした観察研究です。示されたのは関連であって、因果関係を証明するものではありません。
同じ人工足関節置換術を受けても、その後の経過には個人差があります。関節の動きは良好に回復しているのに、痛みが残る方がいるのはなぜでしょうか。
2023年に『The Journal of Foot & Ankle Surgery』へ発表されたこの研究は、手術前の抑うつ傾向と、外側進入型人工足関節置換術後の臨床成績との関連を分析したものです。
銀座YRクリニック院長 樋口淳也は、帝京大学医学部附属溝口病院 整形外科に在籍していた期間に、この研究へ共同著者として参加しています。
この記事の要点
研究の概要
| 論文名 | Association of Preoperative Depression Score With Outcomes of Transfibular Total Ankle Arthroplasty |
|---|---|
| 掲載誌 | The Journal of Foot & Ankle Surgery(2023年 第62巻5号 807-811ページ) |
| 研究デザイン | 観察研究 |
| 実施機関 | 帝京大学医学部附属溝口病院ほか(銀座YRクリニックではありません) |
| 対象 | 外側進入型人工足関節置換術を受けた20名 |
| 平均年齢 | 75歳 |
| 原疾患 | 変形性関節症18名/関節リウマチ2名 |
| 評価時点 | 術前、術後6か月、術後1年 |
| 評価方法 | JSSFスケール、SAFE-Q、HADS、Timed Up & Goテスト |
| DOI | 10.1053/j.jfas.2023.04.004 |
※ 外側進入型人工足関節置換術:損傷が大きく進んだ足関節を人工関節に置き換え、痛みをやわらげて動きを改善することを目的とした手術のうち、腓骨側から関節に進入する術式です。
※ 観察研究:治療の割り付けを行わず、実際の診療で得られたデータを解析する研究方法です。要因と結果の関連を示すことはできますが、一方が他方を引き起こしたという因果関係を証明することはできません。
研究では回復をどのように評価したのか
本研究では4種類の評価方法が用いられています。医療者が評価するものと、患者さん本人が回答するものの両方が含まれている点が、この研究を読むうえでの鍵になります。
| 評価方法 | 誰が評価するか | 何を見るか |
|---|---|---|
| JSSFスケール | 医療者 | 痛み、機能、関節のアライメント |
| Timed Up & Go | 医療者 | 立ち上がり・歩行・着座に要する時間 |
| SAFE-Q | 患者さん本人 | 痛み、日常生活動作、社会生活、全体的な健康感 |
| HADS | 患者さん本人 | 不安と抑うつの傾向 |
※ SAFE-Q(自己記入式足部足関節評価質問票):各項目を0〜100点で採点し、数値が大きいほど良好な状態を示します。患者さんご自身の実感と、それが生活に与える影響を記録するための評価ツールです。
※ HADS(Hospital Anxiety and Depression Scale):不安と抑うつの傾向を把握する質問票です。本研究は術前のHADSの抑うつスコアの中央値を基準に2群へ分けており、「スコアが高いグループ」は全員がうつ病と診断されたという意味ではありません。
わかったこと①|客観的な機能評価に差は見られなかった
本研究では、患者さんを術前のHADSの抑うつスコアが高いグループと低いグループに分けています。
JSSFスケールとTimed Up & Goテストでは、術前・術後のいずれにおいても、2群間に有意差は認められませんでした。
本研究の範囲においては、術前の抑うつスコアが高いことが、必ずしも術後の客観的な関節機能や移動能力の低下を意味するわけではなかった、ということになります。
わかったこと②|患者さん自身が感じる痛みには差があった
ここが本研究の中心であり、もっとも慎重に読む必要がある部分です。術後1年の時点で報告された数値は次のとおりです。
| SAFE-Q 項目 | 抑うつスコア 高い群 | 抑うつスコア 低い群 |
|---|---|---|
| 痛み関連項目(中央値) | 59 | 90 |
| その他の項目 | 有意な群間差は認められず | |
※ SAFE-Qは点数が大きいほど良好な状態を示します。したがって59点は、抑うつスコアが高いグループが報告した痛みに関する状態が、相対的に良好ではなかったことを意味します。
つまり、医療者が観察する関節機能は回復していても、患者さん自身が感じる痛みは同じように改善するとは限らないということです。「客観的な機能」と「主観的な感じ方」は、必ずしも一致しない可能性があります。
ここでいう「主観的な痛み」は、痛みが存在しない、あるいは気のせいであるという意味ではありません。SAFE-Qはもともと、患者さんご自身の実感と、それが生活に与える影響を記録するために設計された評価ツールです。
「抑うつが手術を失敗させる」とは読めません
理由は4つあります。
この研究が示していること
1つ目は、治療の評価軸はひとつではないということ。画像や関節の可動機能だけを見ていると、患者さんが実際に感じている痛みや生活への影響を見落とすことがあります。
2つ目は、客観的な機能が同程度でも、経過は人によって異なりうるということ。治療方針を決めるとき、また回復を評価するときには、関節の構造と損傷の程度、痛みの性質と持続している期間、歩行と日常動作の能力、治療結果に対する期待、睡眠やストレスの状態、ほかの疾患と生活環境を、あわせて把握しておく必要があります。
3つ目は、この研究が示したのは関連にとどまるということ。20名を対象とした観察研究であり、術前のスコアから特定の患者さんの結果を予測できるわけではありません。
治療の成果は検査数値の変化だけではなく、その人がしたかったことに再び取り組めるかどうかも含まれます。
※ 本記事は医療情報の提供を目的としたものであり、特定の治療効果を保証するものではありません。症状や経過には個人差があります。詳細は医師にご相談ください。
よくあるご質問
本記事について
記事作成
銀座YRクリニック編集部
本記事で解説した論文には、当院院長 樋口淳也(東京大学 医学博士/日本整形外科学会認定 整形外科専門医/日本足の外科学会会員)が共同著者として参加しています。当時の所属は帝京大学医学部附属溝口病院 整形外科です。
医療情報に関するご注意
本記事は一般的な医療情報の提供を目的としたものであり、診断・効果・安全性を保証するものではありません。記事で紹介した研究は他の医療機関で実施された観察研究であり、銀座YRクリニックの治療成績ではありません。研究結果は患者集団における統計的な結果であって、個々の患者さんの結果を予測するために用いることはできません。
本記事はうつ病の診断を目的としたものではありません。気分の落ち込みや睡眠の問題などが続いている場合は、適切な医療機関にご相談ください。
参考文献
- Yasui T, Higuchi J, Kasai T, Yamada A, Kobata T, Hasebe K, Hara M. Association of Preoperative Depression Score With Outcomes of Transfibular Total Ankle Arthroplasty. J Foot Ankle Surg. 2023;62(5):807-811. https://doi.org/10.1053/j.jfas.2023.04.004
- 日本足の外科学会. SAFE-Q(自己記入式足部足関節評価質問票). https://www.jssf.jp/english/safeq.html
最終更新日:2026年9月9日
